正確にいうと、嫌になりそうだ。

そんな予感がする。

ファインダーを覗くまでもなく、カメラを見てもワクワクしないから、手にも取らない。

 

こうなるとカメラだけでなく、本も読まない、 SNSも放置、物事に興味が無くなる。

写真を撮るのが嫌になるのは、そういう全体的無気力感の兆候だ。

 

カメラがあるだけじゃ写真は撮れない。気力がなくっちゃ。時間がなくっちゃ。

写真が云々というより気力の低下といっていいかもしれない。卵とニワトリの関係。

 

こういう時、一番即効性があるのはレンズやカメラを買う事。

カンフル剤としては強力だけど、財布は寒くなるし、だんだん効き目が薄れていくよね。

 

 

写真を撮らなくなる結果、ブログの更新もできなくなる。困った。

とりあえず気分転換として、手元のLUMIXG7をモノクロモードに切り替えて撮影してみた。

セピア色やポップなど、いわゆるお遊びモードの中に入っている機能のひとつだけど、制限をかけて撮ると楽しくなるかもしれない。

 

モノクロモードには4つ種類がある。

 使ったことがないので比較してみた。

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 左から、①モノクロ、②ダイナミックモノクロ、③ラフモノクロ。

②はコントラスト高め。③ラフモノクロは銀塩写真のような粒子が入っている。

 

④シルキーモノクロは、ぽんやりした感じ。

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個人的にはラフモノクロが好みかな。上の馬はノーマル。下の馬はラフモノクロで撮影。

 

 

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まあ、粒子がわざと臭くはある。

アナログでは味があるものも、デジタルになればノイズでしかない。

 

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パシャパシャ撮っていると、モノクロがぴったりくる気分だなあ。という事がわかった。

 

瑞々しく透明感のある写真が素直に入ってこない。操作された色をうるさく感じる。

そういう時は、ほんとうにモノクロが心にぴったりはまる。

モノクロは物の形をくっきり、はっきり、「そこにある」と示す力がカラーよりも強い。

だいたい、いま周りには色が色々ありすぎだ。

ガヤガヤしすぎだ。

 

 

ここ数日僕がやったのは、個人のツイッターアカウント削除(ブログ用のはそのまま)と、

LINEのタイムラインをミュートにした。Yahoo!ニュースはブックマークから外した。

やっと静かだ。

 

ブログをやっていなかったら、写真をやっていなかったら、多分SNSはやらなかった。ほとんどの人が使っていたとしても、僕はそんなに興味を持たなかったと思う。めんどくさがりだから。

 

 

ブログを始めてから、ツイッターやインスタグラムを始めた。いろんな表現や情報があって、

おもしろいなあとは思うけど、限界があるなあとも最近思う。

 

フォロー・フォロワー数が増えれば増えるほど「おもしろい」人は埋もれていってしまう。「おもしろい」ってのは、尊敬するとか、すごいなあと思うとか、素敵だなあとかそういう気持ちを持てる相手。

 

数が増えれば増えるほど、そういう相手も見つかりやすいはずなんだけど、どうしたことか、僕は今のところ真逆の実感しか持てない。どんどん見えなくなっていく。

付き合える人の数には、限界がある。

何千人もフォロワーがいると言っていた知人は、ひとつひとつの投稿を見れているんだろうか。

 

SNSはツールの一つだから、楽しみ方は人それぞれ。数を増やすのを楽しむのは、それでいいんだと思う。ただ僕は単純に興味を失いつつあるだけのお話。

 

 

ようするに

SNSで素敵な出会いがありました。なんて話を僕は望まない。

世界中とつながりたくない。居てくれるのは本当に必要と思う人だけでいい。

投稿が目に入るだけで、感情がごくわずかでも動く。ごくわずかでも積み重なると大きな動きになる。それが、自分に影響を与えないわけがない。

友人の父親がどんな人か、正直別に居なくてもいい人の動向、知人かもしれない人。

そういう余計な情報がたくさんくるもんだから、僕は今何をしようとしていたのか、忘れちまいましたよ。

 

本当にやりたいことだけをやっていたいのに、焦燥感だけが増幅されて、やりたい事がだんだん見えなくなってきた。

 

ブログを書くって事だって、虚空に文章を投げているようなものだ。

 

SNSもカメラもブログも、ただのツールに過ぎない。それらが悪いのではなく、僕が揺らいでいるからガヤガヤに対処しきれていないだけだ。

ようするに、僕が悪い。